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2016年9月28日 (水)

ま、いっか、生死にかかわるわけではないし

  この呪文を1日数回、胸のうちでとなえる。
 
  Yの行動を我々の常識の線に押し込めようとすると、Yにはすごくストレスがかかる。Yにとっては正しい行動なのに、それを「やるな」と制止されるからだ。常識の線を少し緩めればこのストレスはほとんど無くせる。
 
  ちょっとの外出にも5~6個のバッグをさげていこうとする。本人は必要を感じているのだ。呪文を唱えて、持ってやれば済む話だ。
 
  スーパーで食べきれない量の餅菓子を買う。「みんなに食べさせたいから」だ。 「みんな」はいないのだが、呪文を唱えて、余ったものは捨てると腹をくくれば済む話だ。
 
  作った料理の、一番いいところは、「愛犬のために」と取り分けられて、愛犬は食べず、結局捨てることになっても、ま、いいではないか。Yにとっては愛犬を横に座らせて、分け与えながら食べるのが一番幸せなのだ。それに、Yは太りすぎているのだから摂食にもなる。
 
  刺身を味噌汁に浸して食べても、本人がそれでいいのならいいではないか。ボールペンの箸代わりに使っても、命には関係ない(万年筆でやられたときはさすがに制止したが)。
 
  こうやっていると、常識がつまらないものに見えてくる。
 

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