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2017年4月 9日 (日)

Yの記憶能力


にほんブログ村  Yの記憶には特徴があります。

  耳から入った情報は割に覚えていて、同じ質問を3分ごとに繰り返すようなことはありません。「明日は、T子さんとお風呂に行くよ」と夜に言っておけば、翌朝も覚えています。昨日XXさんと会った、というようなことも大体覚えています。
 
  全く記憶できないものもあります。自分がモノを移動させたことは全く覚えていません
 
  今日も、私が読んでいた本が、ちょっと席を立った間に消えていました。Yに聞いても自分は触っていないと言います。嘘をついているのではなく、本当に1分前の自分の行動を覚えていないのです。行動のすべてを忘れているわけではありません。モノを動かした場合に、そのことを覚えていないのです。
 
  実はこの症状は認知症の発症当初からありました。それが、いわゆる「もの盗られ妄想」につながっていました。今朝まであった財布が、突然姿を消した。いろいろ考えた結果、合理的な説明としては、「誰かが入り込んで盗んでいった」と考えるしかなくなるわけです。
 
  実は自分がその財布をしまい込んだのですが、その行為を覚えていないので、「突然消えた」と感じていたわけです。
 
  その後も、使いかけの化粧品やアクセサリーや、衣類などが次々に「なくなる」ので、「この家には誰かが自由に出入りして盗っていく。薄気味が悪い」と、常々言っていました。最近は、「盗られる」ことに慣れたのか、「また盗られた」とは言うものの、騒ぎはしません。
 
  従来は、Yの大事な品をしまい込んで忘れる、というパターンが多かったのですが、最近は私の身の周りのものを次々にどこかにしまい込むということが始まって、困ることが増えました。書こうとしたらペンがない、消しゴムがなくなっている、大事なメモが消えた、鍵が消えた、という具合です。Yに聞いても覚えていないので、自分で探し回るしかないのです。
 
  今日消えた本は、風呂場のバケツの中に入っていました。発見したモノをYに見せても、自分の行為だという記憶は戻らないようです。「誰がこんな変なことをしたのかしら。変な人が勝手に入ってきていろいろするから困る」というようなことを言っています。
 
  似た現象としては、顔に何を塗ったか覚えていない、といいうのもあります。洗面所から出てきたYの顔に変なものが塗ってあるので、洗面台にある瓶やチューブのどれを塗ったのか聞いても覚えていません。ほんの1,2分前の自分の行為を覚えていないのです。
 
  もう一つの似た現象としては、自分がどこを歩いたか覚えていないということもあります。一人で外出して帰ってきたYに、どいう言う経路でどこに立ち寄ったのか聞いても全く分かりません。多分記憶にないのでしょう。
 
  脳の本を読むと、脳の中の海馬と呼ばれる部分が記憶に関係していて、そこには視覚や聴覚などの五感の神経がつながっているそうです。
 
  Yは昔から聴覚型の人間だったようで、学校の講義もノートはあまりとらなくても先生の話を覚えていたそうです。試験の時も、「あの時先生がこんな風に言っていた」と思い出して解答していたそうです。(逆に、絵はだめで、Yが子供たちに図解して説明するところを見た覚えがありません)。
 
  Yが今でも耳から入った情報は割に覚えているのは、聴覚から海馬に入った情報は記憶につながりやすいのかもしれません。(私は、逆に耳からでは覚えられなくて、一回書かないと頭に入らない方です。)
 
  モノを動かしたという記憶は、五感からの入力だけでは成立しないのではないかと想像しています。「自分はAというモノをBという場所に動かした」というエピソードをいったん認識する必要があります。そうやって認識された行為(エピソード)が海馬につたえられて記憶されるのだろうと思います。
 
  モノを動かしたことを覚えていないということは、「私は・・・した」と意識する前頭葉の働きが落ちているのかもしれません。あるいは、意識はしたがそれを海馬に伝える回路が劣化しているのかもしれません。
 
  私の身の周りの品々に関するYの興味がいつまで続くのかわかりませんが、当面は自衛措置として、メモ書きやペンは胸ポケットに保存、文房具はテーブル(私の作業場)から鞄の中に避難させています。
 
 
 

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